芸術と潜在意識 9:芸術作品鑑賞時に反応が出る条件②


連載【芸術と潜在意識】とは?

筆者が【幸福否定の研究】を続ける上で問題意識として浮上してきた、「芸術の本質とは何か?」という問いを探る試み。

連載の流れは以下のようになる。

・現状の成果…龍安寺の石庭の配置を解く
・スタンダール症候群の説明
・鑑賞時に<反応>“が出る作品
・鑑賞時に<反応>が出やすい条件
・芸術の本質とは何か?

=人物・用語説明=

* 今回、言説を参照する人物 *

笠原敏雄:小坂療法から出発し、ストレス・トラウマではなく患者本人の許容範囲以上の幸福が心因性症状の原因になっているという、幸福否定理論を提唱。”感情の演技”という方法で、患者を幸福への抵抗に直面させ乗り越えさせる、独自の心理療法を開発。また、日本を代表する超心理学者でもある。

グラツィエラ・マゲリーニ:イタリアの精神科医。フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ病院に運びこまれる外国人観光客の症状を記録し、スタンダール症候群と名付ける。

* 用語説明 *

反応:抵抗に直面した時に出現する一過性の症状。例えば勉強しようとすると眠くなる、頭痛がする、など。

抵抗:幸福否定理論で使う”抵抗”は通常の嫌な事に対する”抵抗”ではなく、許容範囲を超える幸福に対する抵抗という意味で使われている。

スタンダール症候群:イタリアのフィレンツェで、観光客が起こす発作的な心因性症状。芸術作品鑑賞中や歴史的な建築物などで起こす事が多い。フランスの小説家、スタンダールが同様の症状を発症したことからスタンダール症候群と名付けられる。

(以下本文)
■前回から今回までの流れ—鑑賞時に〈反応〉が出る芸術作品の条件とは何か?

前回は、著名な経済学者のアダム・スミスの『模倣芸術論』などの著作を参考に、 自分なりに芸術作品を成り立たせる条件について考察した結果、暫定的ではありますが、以下のように整理することができました。

・芸術とは、ある種のもので異種のものを表現する事で、そこには調和がなければならない。
・より困難なものを調和させ、表現するほうが感動が大きい。
・近年の哲学的な芸術作品は目的が違うので分けて考えたほうが良い。

今回は、その後に気が付く事ができた、〈反応〉”が出やすい芸術作品の条件を挙げていきたいと思います。

■「異種のものを調和させる要素」としての比率や光に注目する。

まず、これまで挙げてきた、特に”反応”の強い芸術作品を再掲します。

・龍安寺石庭(作者不詳=建築)
・中国陶磁器(特に青磁=骨董品)
・ソーク研究所(ルイス・カーン=建築)
・フーガの技法(J・S バッハ=音楽)
・源氏物語絵巻(作者不詳=絵画)

これらの作品について何か共通点がないかを考えていたところ、 他の一般的な芸術作品に比べて”比率”や“光”が重要視されている、という事に気が付きました。

・龍安寺石庭…連載第一回、二回で分析したように、直角三角形を使い、比率が表現されている。

・中国陶磁器の青磁…造形しかないので、比率が表現されている。また、面によって光も表現されている。

・ソーク研究所…幾何学的な構造で比率が重要視されている。また光も表現されている。

・フーガの技法…リズムや休符がない。さらにメロディも極限まで削っている。音の高さや、長さのみの指定で特に音階と音の長さのみを表現している。

・源氏物語絵巻…他の絵画より構図が重要視されている。直角三角形も多くみられる。

一般的な芸術作品は、例えば遠方を表現するための遠近法など、何かを表現するための 構図や造形であり、そこで使われる比率は「手段」ということになります。

通常の芸術は、

AでBを表現するための手段として、光や比率を使う

という事になりますが、 特に抵抗が強い上記の芸術作品は、逆に、

光や比率を様々な形で表現するため、AやBを使う

というように主従の関係が異なっています。

故に、第1回~3回で龍安寺の石庭を題材にして取り上げた「数の機能的な側面」など、 本来は関連がないもの同士を関連付ける要素が頻出するのではないか? と推測しています。(注1)

本来は対象物を表現するための手段が表現の目的になっている例として 、他にレンブラントと“光”の例が挙げられると思います。

バロック期オランダの巨匠、レンブラントは宗教画、自画像、静物画など様々な絵画を制作していますが、 “光”の表現を重視したものが多く、“光の画家”とも呼ばれています。

それぞれの絵画作品ごとに表現されるテーマはあったでしょうが、それと同時に、生涯一貫して、“光” を描こうとしていた、とも言えると思います。光を表現するためにモチーフを選んでいたということです。

しかし、レンブラントの作品、また同様に光の表現で有名なフェルメールの作品も、鑑賞時に特に 強い反応が出るわけではありません。 絵画作品で扱う”光”からは、あまり反応がみられず、どちらかといえば、本物の光の動きを反映させた 建築作品や、古代遺跡のほうが強い反応が出ます。

また、比率を重要視した現代建築の巨匠、ル・コルビジェの建築はそれほど反応がでません。この辺りの現象に関しては、まだ検証途中ではっきりした答えが出ていませんが、いずれにせよ “比率”や“光”など、表現の手段が表現対象そのものになるという主従関係の逆転は、 強い反応が出る原因そのものではなく、あくまで、強い反応が出る作品に共通する条件という 事になりそうです。

■“多機能性”という着想と”同時成立”の発見

*フーガの技法の分析により、“多機能性”、“同時成立”の発見*

その後、研究を続ける中で上記の反応が強い作品を鑑賞することを繰り返しているうち、 “多機能性”という着想を得る事ができました。

きっかけは上でも挙げた、J・S・バッハ作曲『フーガの技法—ContrapunctsⅠ(対位法Ⅰ)』の 譜面分析をしていたときでした。詳細にみていくうち、和音の定義がはっきりしない音程ばかり頻出することに 気が付いたのです。(注2) これでは数通りの解釈が出てきてしまうという事になり、頭を悩ませたのですが、 あるとき、「数通りの解釈を”同時成立”させる(=多機能性をもたせる)ことこそ、この作品の主目的ではないだろうか」ということに思い至りました。

以下、分析内容について、専門的になりすぎないよう極簡単に説明します(注3)。

図1

まず、西洋音楽の歴史は、 約2500年前にピタゴラスが調和する音の関係を発見して以来、 “調和する関係”に属さない音階を、いかに工夫して調和させるか?という 創造活動の歴史だったと言えます。

パッヘルベル、ヘンデル、バッハの時代には「転調を繰り返す」という発明がなされ(図1の①を参照。バッハ作曲 BWV847 FugueⅡ 25小節目)、ジャズにおいては基本の和音の上に更に修飾的に 音階を重ねる事(図1-②)で、本来調和しえなかった音を使う事に成功しています。 また、今日最も聴かれているR&Bやロックの元になっているブルースでは、本来別物であった メジャースケールの上にマイナスケール(マイナーペンタトニック)を重ねる事で、 新たな調和を見出す事に成功しています。

研究をはじめた当初、「数の機能的な側面」に注目したこともあり、芸術において新たな 関連性が創造されることを、“機能性”という言葉を使って考えていました。(注4) 上に挙げた音楽の例でいうなら、クラシックにおける、”転調を繰り返す”という発明には、 本来使えなかった音を使えるようにした=はたらき(”機能性”)があった、ということです。

それに対し、フーガの技法では、 いくつかの解釈が同時成立をすることを目指しているので、“多機能性” という言葉が当てはまるのではないかと思うのです。

具体例を、『フーガの技法』中から、『Canone alla duodecima(Cannon Ⅳ)』を題材に、 専門的になりすぎないよう説明してみたいと思います。

この曲の冒頭である「レミレド♯レミファソファミファソラ 」部分のコードはDm(レファラ)になります。これは、曲集が全てDmの主旋律、 もしくはその変形から始まるので確実に言える事です。

通常の理論では、ド♯ではなく、レミレドレミ~となるはずですが、ここではドの♯が、 使われています。この「♯」が用いられる理由はなんなのか?数年にわたって分からないままでしたが、ある時、冒頭部分に、Dm(レファラ)とA7(ラド♯ミソ)の構成音が 交互に配置されていると気付きました。

通常であれば、コードはDm→A7 もしくは、A7→Dmとあるコードからあ るコードへ移行する形で使用します。常識的な音楽理論では、Dmから見てA7はⅤ7(5度セブンス)となり、 もっとも調和する組み合わせなのですが、同時に弾くと不協和音になります。 この曲では、本来、同時に弾くと不協和音になるはずの、Ⅰm-Ⅴ7を同時に 表現しています(図1の③)。

これが、「本来、同時には成立し得ない関係を同時成立させる(=多機能性をもたせる)」ということです。

他のバッハの曲に、このような部分が全くないわけではありませんが、 単音を並列させ、表向きはコード構成音と経過音に見せながら、しかしその経過音を使って別のコードを 鳴らすという工夫が、この曲には随所に見られます。(図1の③下、17小節目)

さて、少し複雑になってきましたので、一旦、整理してみたいと思います

*本来は関連がないもの同士を調和させる機能性(はたらき)の発明*

A⇔B
=AでBを表現する。または関連付ける。⇔部分が芸術における創作活動。

音楽で例えると、

最初期: A=打楽器 。⇔=音階順に並べる。B=音階楽器。
クラシック: A=それまでのコード理論。⇔=平均律と転調の発明。B=新たなコード進行、作曲法。
ジャズ:A=それまでのコード理論。⇔=テンションコード B=新たなコード進行、作曲法。

*本来は関連がないもの同士を、複数同時に調和させる多機能性の発明 *

A ⇔ B and C
=AとBを関連付ける。AとCを関連付ける。それらを、同時に行う。

例:フーガの技法で A ⇔ B and C を例えると以下のようになる。
※ 現在のコード理論でもほぼ使われていない方法。

A=通常のコード理論
⇔=経過音で別のコードを成立(曲集の中では他の創意工夫も多々あり) 
B、C=同時に弾くと不協和音になるコードを同時に成立させる。

*”多機能性”には含まれない例*

一作品の中で、別個の関連付けを多数行っている作品は“同時調和”ではない。
A⇔B、C⇔D…。
例:キュビズムの絵画=前から見た対象と、横から見た対象を、それぞれを一枚の画の中に表現。

*龍安寺の石庭の分析を再考*

上記の発見を踏まえて、本連載第2回に掲載した龍安寺の石庭の分析を再考してみました。

当該の回では、龍安寺の石庭において、

「ピタゴラスの定理より、直角三角形の斜辺を使って、√2、√3、2、π などの数が表現されている」

という分析を行いましたが、機能的な働きがある無理数を、同一基準点からそれぞれ別個に石を並べて表現しているだけならば、単に対象を視覚化しているだけに過ぎないので、おそらく反応は出ないでしょう。『多機能性』という着想を得てからは、龍安寺石庭で強い反応が出る原因は、最小限の石によって、「別の基準点から複数の表現“を同時成立させている」という点にあるのではないかと考えています。

また、「本来は関連がないもの同士を、複数同時に調和させる」という点からみて、石庭の石の配列には、他の法則が隠れている可能性もあります。

その点を踏まえ、『謎深き庭 龍安寺石庭:十五の石をめぐる五十五の推理』をもう一度読んでみたのですが、ほとんどの説が抽象的な解釈(扇、心の字、星座カシオペア説など)や、物語的な解釈(「虎の子渡し説」、「達磨大師に始まる法系図説」など)に終始しています。

それらのような解釈(抽象的なもの、物語的なもの)の同時成立は、上で書いたような意味での”同時成立”には含まれません。抽象的、物語的に多様な解釈を生む作品をつくるのはそれほど難しい事ではなく、有名な禅画などをみればわかりますが、権威付けをすれば、いくらでも解釈は生まれてしまうからです。


仙厓義梵『○△□』 出光美術館蔵

本稿で扱っている“同時成立”や、それを創り出す“多機能性”は、より具体的で説明可能なものになります。龍安寺の石庭の分析については、「ピタゴラスの定理より、直角三角形の斜辺を使って、√2、√3、2、π などの数が表現されている」という発見自体に関しては、筆者が知る限り他に同様の分析をしている研究者が見当たりませんので、意義はあると思っていますが、反応の説明として完全ではなく、推測を含んでいる段階であると判断しています。

「直角三角形の斜辺を使って、√2、√3、2、π などの数が表現されている」にしても、複数考えられる組み合わせの中で、「なぜあの配列になったのか?」ということが具体的に説明できるようになって、はじめて作品の反応の説明として成り立つと考えています。

現在、「複数視点の同時成立」、「他の比率との同時成立」、「その他の要素との同時成立」などの可能性を考えています。遠近法や数学などの専門的な勉強も必要になるため、時間がかかりますが、更なる研究を進めたいと考えています。

次回は、“多機能性”、”同時成立”についての検討を引き続き書いていきたいと思います。

注釈

注1:引用再掲。—“Φ(ファイ)は数ではなく「機能」である。無理数を数と考えると、それがたとえ特別な類の数と見なすにしても、数の概念を無意味にしてしまう。数というからには数える用途に使えなければならない。だが定義からして無理数を使って数えることは不可能である。ひな鳥1.61…8羽、あるいは卵 3.141…個を手にしたり想像することはできない。Φ,π、それに2、3、5の平方根さえあれば、正多面体のすべての調和的組み合わせを定義し、表現することができる—

(ジョン・アンソニー・ウエスト、『天空の蛇』、P101)

注2: 具体的には4度、6度音程の可能性を追求している。

注3: 技術的な問題をクリアしなければなりませんが、後日、追補編として譜面の自動演奏機能や動画を使いながら、追補編として、クラシック、ジャズ、ロックなどの音楽理論の発展の経緯と“フーガの技法”の目的の違いを発表できればと考えています。

注4:芸術作品において“機能性”という用語を使う事に違和感を感じる方もいると思いますが、音楽における転調やテンションコード、絵画における遠近法、建築における様式など、芸術の発展には数学的思考による理論的な発展が大きく関与している事が多いという事実があります。 また、道具(音楽における鍵盤楽器の発明)や材質(鉄骨技術の後の建築など)のイノベーションが芸術作品の理論を大きく発展させることも多くあります。それぞれの機能的な側面での発明は単一的になりますが、そこから大きく可能性が広がり、応用が生まれるので、時には新しいジャンルが生まれる事にもなります。 研究をすればするほど、芸術作品は一部の天才が直観的に創造するものではなく、その時代の 科学や理論の進化が関係しているという事がわかってきたので、“機能性”という用語を使っています。

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