心理療法の目的

“感情の演技”という方法で、自虐的な行動や症状の原因となっている”抵抗”の力を弱め、各自が持っている能力や本心を素直に発揮できるようにすることが目的です。
結果として疾患が改善してきますが、心理療法はあくまで各々が多かれ少なかれ持っている人格的な問題点(幸福否定)を克服していくことにあります。


心理療法の進め方

当院の心理療法は何回来なければならないという決まりはありません。
1 おおまかなやり方を覚えるまでに3時間くらい。(細かい注意点の説明)
2 感情の演技の内容を決めるために、1回1時間〜1時間半。
3 自分の許容量以上の進歩が起こると体調や症状が不安定になる事があります。
“好転の否定”いう状態で、一時的に症状が増える事があります。この時、症状出現の直前の記憶が消えている出来事を探る事により、早く不安定な状態から抜け出し、次の課題に取り組む事ができます。(1時間半)
やり方を覚えたら2、3がメインになってきます。(平均月1〜2回くらい)
また、ホームページの説明を読んできて頂く、事前にメールで解決したい内容をお知らせ頂くことによって、多少の時間の節約ができますので、問い合わせの際に質問して下さい。

幸福否定理論に基づく心理療法ができるまで


当院では、基本的には心理療法家の笠原敏雄先生が開発した心理療法を踏襲しています。
その中で、抵抗を“周辺部分の抵抗”と“核心部分の抵抗”に分け、核心部分の抵抗を中心に心理療法を行っていますが、
まずは笠原先生が心理療法を開発するまでの流れを、ごく簡単に解説します。

幸福否定理論とは

笠原先生は、心を三層構造に分けて説明していますので、以下にそれを紹介します。

・笠原先生の考える人間の心の三層構造
(以下、引用図、テキスト共に『本心と抵抗』 P81~82)


私が考える人間の心の三層構造について簡単に解説しておきます。その考えかたに基づいて整理したほうが、いろいろな問題点がわかりやすくなるからです。私の考える心の構造は、次のように三層になっています。

―――――――――――――――
意識
―――――――――――――――
内心
―――――――――――――――
本心
―――――――――――――――

心の表層にあるのが私たちの意識です。ふだん感じている意識のことですから、これについては説明するまでもないでしょう。そのすぐ下には内心と呼ばれる層があります。これが幸福を否定する意志を持つ層です。さらにその下に本心と呼ばれる層があります。

本心には、素直な感情ばかりではなく、全知全能(注2)とも言うべき能力や崇高とも言える人格が潜んでいると、私は考えています。したがって、内心は、本心の表出を阻止しようとする強力な意志を持つ層ということになります。この内心と本心は精神分析をはじめとする無意識理論の概念とは根本から違いますので、混同しないように注意してください。

人間の心が、本当のところどのような構造になっているのかはわかりません。ここではとりあえず、このような三層になっていて、内心は本心を否定するという目的を持っており、意識は、内心と本心の両方を隠すための覆いのようになっていると考えておけばよいでしょう。幸福を否定しようとする強い意志は、育てられかたや周囲からのストレスなどの環境的要因とは無関係に存在するもののようです。つまり、一般に言われるように、幼児期の虐待やそれによる”トラウマ”などによって発生するものではないということです。
そうすると、では幸福否定という奇妙な心の動きがなぜあるのか、という疑問が出てきます。もちろんその理由はよくわかりませんが、万人にあるらしいことから考えても、個人が置かれた環境などの小さな要因によるものではなく、生命の進化の中に位置づけるべき根源的現象のように思います。


私が、「自虐性を薄くする」と表現している事は、笠原氏の心のモデルで表現すると、内心の力を弱める、という事になります。抵抗に直面すること自体が治療となり、内心の力を弱めた結果として患者の人格面の問題が改善し、必然的に心因性疾患が改善するという事になります。

フロイト~現代の精神医療の流れと問題点


オーストリアの精神科医、ジーグムント・フロイトは催眠療法を主体とした治療を行っていました。(後に催眠は放棄し、覚醒した状態で治療)

その過程で、患者が催眠中に抑圧していた記憶を思い出すと、症状が改善される、という経験をし、ヒステリー(現在の解離性障害)や神経症の原因は、幼少期のトラウマを”無意識”に抑圧する事である、としました。

フロイトが言う“無意識”とは、意識に対して、抑圧されて思い出せない記憶がある領域という事になります。

フロイトの問題点としては、

・追試不可能
・理論の間違い
・現在では、フロイトの治療法は有効とみなされておらず、使われていない

という点が挙げられています。

現在のストレス、トラウマが精神疾患や心因性症状の原因という理論の基盤になっていますが、現代の精神医学の診断自体が、


・推論を重ねている
・女性解放運動という政治的な側面が、精神医学の診断に影響を与えている

という問題点があります。

例えば、よりストレスの大きい発展途上国より、先進国のほうが心因性疾患が多いのはなぜか?また、日本においては第二次世界大戦中や戦後のほうが、現代よりストレス、トラウマは大きいはずだが、心因性疾患は現代のほうが圧倒的に増えているのはなぜか?という根本的な問題に答えられない、という問題点があります。

このような流れを踏まえて、精神医学が発展してきたため、本当の意味で有効な心理療法は発展しておらず、投薬治療による症状軽減に頼っているのが現在の状況という事になります。

また、投薬治療が主流になっている事から、「脳が心を生み出している」という理論を前提とし、心(意識)は脳の活動の産物という事になっています。

当院では、症状軽減の効果がある領域についての投薬治療を否定するつもりはありません。
実際に多くの患者さんが、投薬治療を受けながら、心理療法を行っています。

但し、一部の症状に投薬治療が有効という事と、心(意識)は脳の活動の産物と結論付ける事に関しては、小坂療法、心理療法家の笠原敏雄先生の心理療法の追試の結果をもとに、間違いであると判断しています。

小坂療法

1970年代に精神科医の小坂英世先生が開発した心理療法です。


・精神分裂病患者の症状直前の記憶が消えている
・その記憶を思い出させると、症状が軽減、消失(症状発症の直前の出来事を探る際に出る症状を“反応”と呼ぶ)

以上の手続きを繰り返し、患者が一時的に、学校に通えるようになる、仕事ができるようになる、など改善ましたが、小坂医師がイヤラシイ再発と呼ぶ、症状消失の代わりに、人格面の問題点が浮き彫りになる状態が出現し、社会性の獲得までは至っていません。

但し、

・症状発症の記憶が消えている直前の出来事を指摘する

と、手続きがはっきりしているため、追試可能な科学的方法という点で革命的であったと言えます。

また、後に心理療法家の笠原敏雄先生が言及する事になりますが、症状発症の直前の記憶が消えている出来事を指摘するだけで、症状が解消する事から、

・心(意識)は脳の活動の副産物ではなく、独立して存在する。
・ストレス、トラウマなどの環境ではなく、自分自身(の無意識)で症状の操作をしている

という点がはっきりするようになった事も、精神医学にとっては革命的な事と言えます。

小坂医師は、当初は患者の家庭環境を重視していましたが、次第に患者本人の責任を重視するようになりました。しかし、その段階で患者の離反が相次ぎ、小坂医師自身も小坂療法を放棄し、漢方医に転身してしまいます。

笠原敏雄先生の心理療法及び幸福否定理論


小坂療法の追試を行い、

・症状発症の直前の記憶が消えている

という点を、精神分裂病に限らず、他の心因性症状についても確認を行いました。

その結果、

・他の心因性症状においても、症状発症の直前の記憶が消えている
・その記憶を思い出させると、症状が軽減するが、精神分裂病ほどではない。

また、

・症状発症の原因は、ストレスやトラウマではなく、本人の許容範囲を超える幸福感を感じさせる出来事である

という結論を得ています。

小坂療法の追試、その後の試行錯誤を踏まえ、

・症状出現の直前の記憶が消えている出来事を探る
・”反応”という客観的な指標を利用し、抵抗に主体的に直面させる

という二点の原則のみを利用し、実証的に発展させた心理療法です。

具体的には、上記の内心の力を弱める(抵抗に直面する)事を目的とし、感情の演技という方法を中心にした心理療法を行っています。

他の心理療法にはない、統合失調症や難治性の心因性疾患の根本改善の症例があります。また、症状出現の原因は、ストレス、トラウマではなく、「本人の許容範囲を超える幸福感」としています。

心の研究室での心理療法の進め方については、症状が強い時には、症状発症の原因の出来事を探り、症状の軽減を目的とした手続きを行っていましたが、基本的には、強い反応が出る対象を選び、抵抗に直面し、幸福を否定する力(上記内心の力)を弱めれば改善する、というやり方をしていました。(紹介した知人、身内などから聞いた範囲での話と、私自身の13年間のクライアントとしての経験より)

“幸福”の内容については、

“私は、幸福の内容自体を限定したことはありません。幸福感は自らの進歩につながる感情であることを、ベルクソンの指摘に従って述べていることに加えて、各人が否定している内容が、少なくともその時点で本人の幸福感を呼びさますはずのものだと言っているだけです。ですから、幸福の内容には多少なりとも個人差がありますし、同じ人でも、進歩するに従ってもその内容も大なり小なり変わってきます。さらには、文化圏や時代背景によっても社会的な階層によっても相当に違ってくるでしょう。
(引用:心の研究室 レビューの検討 3 『幸せを拒む病』,)

と述べています。


参考文献:
『なぜあの人は懲りないのか 困らないのか』 /笠原敏雄著
『幸福否定の構造』 / 笠原敏雄著
『本心と抵抗』  / 笠原敏雄著


当院の心理療法について


当院では、笠原敏雄先生が開発した心理療法の追試を2023年時点で約15年行い、またクライアントとして13年間指導を受け、笠原先生の幸福否定理論と”抵抗に直面し、抵抗の力(自滅的な力)を弱めれば、統合失調症などの重度の精神疾患を含め根本改善する”、という理論を概ね肯定する結果を得ました。

しかし、一方で笠原先生の方法論だけでは通用しない状況が頻出するようになり、心理療法の改良の必要性に迫られ、また、見解が違う部分も出てきました。大きく以下の3点になります。

① 反応の客観性

反応は、意図的に抵抗に直面させて出す場合には、治療者の無意識下の影響を受けるため、非客観的になる。または偽物の反応が出てくる事がある。

② 周辺部分の抵抗と、核心部分の抵抗

・周辺部分の抵抗・・・表面的な症状の発症に関係する抵抗

・核心部分の抵抗・・・患者の現実的に成り立たない考え方を形成する抵抗、また、対象疾患に共通する抵抗

患者の症状をつくりあげる周辺部分の抵抗と、根本的に成り立たない考え方、生き方を形成している核心部分の抵抗では、心理療法の難易度が全く違うので、当院では臨床上、分けて考えている。(注1)

例1:心因性の発作症状(例えば、パニック発作や過敏性大腸炎)により、就職できないと訴える。(周辺部分の抵抗)
発作は改善したが、一向に仕事を探そうとしない(核心部分の抵抗)、など。

例2:解離性障害(発作、記憶を消す、うつ状態)の症状は軽減した。(周辺部分の抵抗)
しかし、「自分は自由でいたい。配偶者に生活の面倒は見てもらいたいけど、別居をしたい。」と依存を続けながら、自由になりたいという子供のような主張は変わらず、精神的に成熟しない。(核心部分の抵抗)

核心部分の抵抗は、小坂先生が言及する「イヤラシイ再発」と同じ現象だと考えているが、例1、2からわかるように、核心部分の抵抗は、本人が日常生活で避け続けている事であり、そもそも反応や症状を出さない。それゆえに、症状から探るという手法では限界がある。

特に、解離性障害、統合失調症(旧、精神分裂病)、カナー型自閉症、がんなどの難治性疾患の患者に、根本的な考え方の修正を迫る時や、健常者に精神的自立(自分の頭で考え、行動する)を促す時に、「核心部分の抵抗」に直面するが、抵抗が強く、反応が非客観的になり、心理療法自体が膠着状態に陥る事がある。


③ 患者に影響を与える治療者の「理解度」を重視

周辺部分の抵抗を乗り越えると、症状は速やかに軽減する。対して、核心部分の抵抗を乗り越えると、症状は簡単には軽減しない、または、次の段階を目指すため、場合によって一時的に強くなる事があるが、着実に患者の考え方に変化が起こる。

このように、改善の仕方が根本的に変わってくる。

核心部分の抵抗を心理療法で乗り越える事は、難易度が高く、うまくいかないと膠着状態が数年単位で続いてしまう事がある。この点を乗り越えるために、治療者の「理解度」を深める事が必要だが、「理解度」とは何か?という点が、具体的にわかってきた。(笠原先生は、「理解度」の内容について、具体的に言及をしていない。)

以上、簡潔にまとめましたが、具体例を知りたい方は、以下の説明を読んでいただければと思います。


■ ①反応の客観性について

反応は、日常生活で再現性を持って出現する場合や、症状の原因を探る時には客観的な指標として成り立ちますが、意図的に出現させる場合には、客観的な指標として扱う事はできません。

笠原先生は心の研究室での心理療法において、

・Aの症状は、Bの出来事に関係している
・Aの症状は、Cの出来事に関係している

という方法で感情の演技を行い、その際出現する反応の強さを比較を指標として、原因を探っています。(参照:『本心と抵抗』、第4章、第5章)

このように、心理療法内で意図的に反応を出す場合、

・治療者の理解度、推測、関係性が無意識下で影響するため、客観的な指標にはならない。


・抵抗が強い部分になると、本物の反応ではない、偽物の反応がでる事があり、治療者が惑わされる事がある。

という事がわかってきました。

「理解度」の説明は、後ほど行うとして、以下が心理療法を施す側の「推測」と、患者との「関係性」がどのように反応に影響するかを調べた具体例になります。


=条件=

がん患者(Aさん)・・・治療者(この場合は渡辺)は信用できるが、ご主人は信用できない、と主張。

Aさんにおいて、

・治療者(渡辺)と一緒に感情の演技を行う
・ご主人と一緒に感情の演技を行う、

という状況(治療者が向かい合って、開始のストップウォッチを押す)をつくり,

「がんが治って嬉しい」

という抵抗課題を行ってもらい、反応を確かめる。

この時、心理療法を施す側が、どのようなイメージを持っているかは、Aさんには伝えずに、事前に紙に書いて、終了後に見せる。

=結果=

*治療者(この場合は渡辺)
「Aさんのがんは治るだろう」と思って、ストップウォッチを押し、患者さんが感情の演技を行った場合・・・強い耳鳴り、頭痛の反応

・「Aさんのがんは治らないだろう」~同上  ・・・弱い反応(軽い眠気)

*ご主人
・「妻のがんは治るだろう」と思ってストップウォッチを押した場合・・・実感を作ろうとしたが、とても治るとは思えない。(抵抗に当たれない)

・「妻のがんは治らないだろう」・・・弱い耳鳴り

このように、同じ文言の課題で、抵抗に直面する作業を行っても、治療者の意識の状態、また、治療者と患者の関係性で全く違う結果が出てしまう事がわかりました。

他の患者さんでも調べた結果、ほぼ全ての患者さんで、同様の現象が起きるため、意図的に反応を出現させる場合には、「客観的指標」とは言えないと結論づけています。


■ 核心部分の抵抗

2012年に『幸福否定の研究』と題して、笠原先生の追試結果を報告する文章を書きました。
後から考えると、周辺部分の抵抗を乗り越える事に成功し、追試において良好な結果を得ていたと同時に、症状は本質的な部分から意識を逸らすものであり、本質的な部分は反応や症状として出ない、という核心部分の抵抗の入り口に差し掛かっていた時期になります。

当初は、心理療法で患者の症状も速やかに消え、社会復帰をする患者が多かったので、笠原先生の心理療法を改良する必要性を感じていませんでした。(注2)
しかし、解離性障害、統合失調症、がん患者などの難治性の疾患の心理療法については、膠着状態に入ってしまう事があり、反応が出ているはずなのに、なかなか好転しない、という例が出てくるようになりました。

そのような時期なので、今後の課題として、

・がんの心理的メカニズムの解明。(言い換えると、症状が出ない疾患にどう対応するか)
・治療者が患者に与える無意識レベルの影響

の二点を挙げて、連載を締めくくっています。

その後、より「核心部分の抵抗」を乗り越える事に苦戦する事になりますが、患者が、より強い幸福否定の力で、抵抗に直面する事を、どのようのかわしていくかという実際の例を挙げてみたいと思います。

*核心部分の抵抗を心理療法で扱った時に頻出する現象

・反応の不明瞭化(抵抗に当たる作業を繰り返し行っても、反応が一定しない。)

笠原先生は、不明瞭化について、

「本来は事実を不明瞭化する目的で内心が作り出す反応を、逆に事実を突き止めるための
手がかりとして使うわけですから、反応がはっきりしないことも少なくありません。その場合には、何度か繰り返すとはっきりしてくるものです。(引用:『本心と抵抗』/笠原敏雄著 p120」

と書いていますが、現実の心理療法では、核心部分の抵抗に直面すると「何度か繰り返す」では対応できない状態になります。

具体例としては、

・心理療法内での話を認識できない。何度も忘れる。

・患者が本来、解決したい問題に関する話が、心理療法に出てこない。

あるガン患者は、来院時から全身に転移があったにも関わらず、肺の腫瘍のみ、と虚偽の 報告をしていた。また、他のがん患者は、当初、間質性肺炎と診断されていたにも関わらず、積極的に人間ドックを受け、当方に「異常なし」と報告しながら、タバコを吸い続けていた。このような例は、がん患者においては珍しい事ではなく、当たり前に起こる事例である。

・自己暗示性の偽物の反応を出して、本質的な問題点から逸らす。逆に、核心部分は反応を出さない。

・別の自分をつくりあげて心理療法を受ける。(統合失調症、がん、解離性障害、自閉症)

・前提を変えて心理療法を受ける
(「親亡き後も自力で生きていく」という自立を目指して心理療法を受けていた患者が、「親が生きている間に楽しんで、親が死んだら自分も死ねば良い」という前提に変えて、心理療法を受けていた。)

・感情、感覚を消す、抑え込むなどの状態で、心理療法を受ける。

などが挙げられます。

最初から、正確に抵抗に当たる事をしない患者もいますが、いずれも、心理療法を始めて1~2年の症状の軽減を目指していた時期には、心理療法内での感情の演技、自宅での課題ができていた患者さんの例になります。



■ 無意識下で影響を与える「理解度」とは何か? 

その後、難治性の疾患については、心理療法がなかなか進展しないという状況が続きましたが、2021年より2名のカナー型自閉症のお子さんの心理療法を開始した事をきっかけに、治療者の「理解度」の重要性を認識する事になります。

長文になるので、カナー型自閉症のお子さんの例については、別稿にまとめますが、


・治そうという意欲が治療者にないと、座らない

・全く喋らないので、材料がわからない

・なるべく強い抵抗に当たれば良い、というやり方では応じない

・抵抗の順番を間違えると、呆けたようになったり、問いかけに応じなくなる

・何の材料もないので、資料を読み込み、当事者の困りごとや、抵抗の上部構造、下部構造を研究したが、その点を理解するだけで前向きになる
(内心の力が弱まるというより、本人が実生活で抵抗に当たるように変化したため、本心の力を促進したような印象)

というそれまでにない経験をしました。

その経験を踏まえ、統合失調症とがん患者にも同じアプローチをした所、カナー型自閉症のお子さん程ではないにせよ、膠着状態を脱し、抵抗に直面できるようになりました。

例1
統合失調症の患者は、総じて「責任」が発生する場面で症状を発症するケースが多い事が指摘されています。

ある患者(旧、精神分裂病の破瓜型)は、社会に出る前の高校2年生時に発病し、物事を自分で決める時に決まって確認行為の症状が出ていた。そのため、心理療法内で「責任」の抵抗に直面させる事を行っていたが、その部分になると、延々と全く関係がない、支離滅裂な話を続け、核心部分の抵抗に当てる事ができず、心理療法自体が、膠着状態に陥ってしまった。

その後、言語や文脈の関係性、人間関係、その他、様々な「関連性」を否定している事に気が付き、「責任」の抵抗の下部構造に、「関連性」の抵抗がある事に気が付き、それ以来、その事を患者に伝えなくとも、心理療法内で話を逸らせる時間が短くなり、「反応」も出るようになった。

「関連性」の否定に気が付いた事で、全て解決するわけではないが、膠着状態を打開する事ができた。

例2

上記の患者さんの心理療法に関して、私自身が統合失調症を十分に理解していないと感じていたため、精神分裂病の症例が詳しく書いてある、小坂先生の著作集や、精神科医の浜田晋氏の著作を読み、理解度を上げようと試みたが、進展がなかった。

その後、近年では人権の問題から掲載できないような内容を、より詳細に記している、エーミール・クレペリン著の『精神分裂病』を読み、統合失調症の破瓜型の実態の理解度が深まり、患者の反応が更に正確に出るようになった。


”早発性痴呆というのは(筆者注:現在の統合失調症)、一連の諸状態から成り、その共通の特徴をなすのは、精神的な人格の内部の関連が独特の破壊を受け、感情生活と意志の損傷が主をなすようなものである。(引用:『精神分裂病』/エーミール・クレペリン著 p5)


これらを踏まえて、抵抗に直面する方法論や効果も変わったため、笠原先生の”感情の演技”ではなく、”抵抗課題”としました。

要点としては


・治療者が無意識下で患者の反応に影響を与える事は避けられない

・無意識下の影響が不可避という前提で、なるべく正確に反応を出すためには、治療者が「理解度」を深める事が重要である

・「理解度」とは具体的には、患者の抵抗の上部構造、下部構造を理解する事である

となります。

以下、心の研究室の心理療法での手法(感情の演技)と当院の心理療法での手法(抵抗課題)の違いになります。


*感情の演技
・(主に)嬉しいという素直な実感をつくり、抵抗に直面する
・ なるべく強い抵抗に直面する(強い抵抗に直面すれば、内容は何でも良い)

*抵抗課題

・治療者が無意識下で患者の反応の出し方に影響を与えている事を考慮する。

・特に核心部分の抵抗になると、反応は客観性を失い、偽物の反応が出てくる

・なるべく正確に反応を出すために、治療者は患者の抵抗の上部構造、下部構造を理解する

・強い抵抗に当たれば内容は何でも良いのではなく、患者の核心部分の抵抗を一歩ずつ乗り越えていく事に主眼を置く。

・抵抗に当たる手段は、実感をつくる、実生活の中で当たる、など何でも良い


また、「無意識下の影響」というのは、心理療法内の現象ではなく、実社会の人間関係、子育て、教育など、全ての関係性において存在すると考えています。

この点について、総じて論ずるには、現状では、ほど遠いという段階ですが、研究を進めていきたいと考えています。



注1:笠原先生は、”強い抵抗に当たっていれば、抵抗の軽いものから順番に取れていき、核心に迫っていく。”という考えで、「抵抗は一つ」という事を言っています。これは、例えば、「トンネルを掘る山は一つ」という客観的事実という視点で、私が、「周辺部分の抵抗」、「核心部分の抵抗」と分けるのは、「トンネルを掘る山は一つでも、途中から土が岩盤になる(抵抗の強さの例え)ので、一つの方法論では通用しない」という臨床上の視点に基づいています。

また、別の視点ですが、クライアントとして笠原先生の心理療法を受け始めた(記憶では2007年頃)、「抵抗には個人のものと集団のものがあり、個人の抵抗も集団の抵抗を受けているのではないか?実際に個々の努力より、集団や時代といったマクロの好転、否定のほうが生活に与える影響が大きいのではないか?」という質問をした事があります。

「確かに集団の好転、否定というものもあると思うが、まずは個人の幸福否定について、科学的な方法論を使わないと、何をやっているのかわからなくなる」という回答を得ています。私自身は、個人の中に、個人の抵抗に加え、集団の抵抗や時代の抵抗も混在している考えているので、抵抗は単純に一つであるとは考えていません。

注2:

無意識下の影響については、笠原先生が気が付いていなかったわけではありません。

・「(前略)本人の内心がー症状を退避させる(自ら引っ込める)場合があるのではないかということである。この推測は、次のふたつの事実によって裏づけられる。ひとつは、私の心理療法の進展に伴って、”抑圧解除”による症状消去に成功しにくくなってきたことであり、もう一つは(略)反応の不明瞭化という現象が観察されたことである。真の”原因”の近くにふれられた場合には、そ令嬢の詮索を避けるため、触手に触れられたイソギンチャクが身を縮めるごとくに症状を退避させる場合があるわけであるが、さらに核心を突かれた場合には、時として戦略を百八十度転換し、症状を消すことなく(あるいは、症状がなかった場合には、逆に症状を作りあげて)、いわば本土決戦に持ち込む可能性は、かなり高いように思われる。」(引用:『隠された心の力』弟2版/ 笠原敏雄著 p224)

・「症状を自分から待避させた、とする推測が成立する根拠はふたつある。(中略、上記引用と同様の文章)ここでは、無意識的な駆け引きが行われていることが、はっきり見て取れる。(引用:『幸福否定の構造』/笠原敏雄著 p241)

私としては、臨床上の視点で、反応の不明瞭化が起こってからが重要だと考えていたため、この点についての言及が少ない事を心理療法内で聞いた所、「まず反応が出る、という点が科学の世界で認められていない」という点と、「科学の範疇を超えてしまう」という点を理由として挙げていました。

どの点を重要視するか?という点においても、あくまで科学者という立場に立っている笠原先生と、臨床家という立場で考える私との違いがあります。

心理療法をクライアントとして受け始めた当初、「できる限り集中できる状況をつくって、自宅で感情の演技を行った時よりも、笠原先生の前で特に強い反応が出る」(催眠療法のような、無意識下の影響がないか?という意味)と、何度か申し出た事がありましたが、「見張りがいるような状況だと真剣に抵抗に当たる」と、無意識下の影響とは別の理由の返答がありました。

また、笠原先生は、パソコンの音が聞こえづらくなるような、どちらの反応かわからない場合など、総じて、反応が正確かどうか?というような場面で、疑問を呈しても、基本的には精査しようという事はしませんでした。(後に、笠原先生の側の抵抗であると確信したため、心の研究室まで出向いて、資料を提出しましたが、それでも再確認しようとはしませんでした。)そのような経緯があり、意図的に反応を出す場合に、無意識下の影響が生じる事を積極的に調べようという姿勢はなかったと感じています。