『人間性の否定と虚構の世界』ー7
- 作成者: shunsukeshunsuke
- カテゴリー: 人間性の否定と虚構の世界
1.ボーイング社の修理ミスで機体後部の圧力隔壁の破損が事故原因という公式発表が状況証拠と一致せず成立しない。2.生存者や目撃者の証言により少なくとも数十人~100人程度は生きていたのに、4名の生存者以外は翌朝死亡し、遺体が二度焼きされたような炭化した状態で発見されている。(航空機の燃料では外部が焼けるだけで、骨まで灰になる事はない。)
の2点において疑惑があるという事を書きました。
今回は、
①政府の公式見解の不自然な点②1985年の聴聞会での専門家の指摘
について書いてみたいと思います。
尚、「政府」という用語に関して、本稿では、狭義での内閣、中央官庁ではなく、広義の立法・司法・行政を含めた国家の統治機関という意味で使います。また、表面的には政府から独立している検証機関などに関しても、国家の政治的な思惑が色濃く反映されていると判断できる場合には、広義の「政府」として解釈します。
尚、自衛隊が誤射したミサイルが垂直尾翼に当たって、それを隠蔽するために撃墜されたという説を青山透子氏、故森永卓郎氏が主張していますが、筆者は現時点では違う見方をしています。そのため、重要視する箇所がわかりやすいように、あらかじめ現時点での見解を簡単に書いておきます。
・飛行中の日航123便の目撃証言において垂直尾翼に異常が見られたとい う証言が非常に少ない。また、専門家の指摘によると、垂直尾翼の破損が墜 落に繋がる事が考えにくい。そのため、垂直尾翼がどのような状態であれ、異常が墜落に繋がったとは考えていない。・航空経路から機体の操縦はある程度できていた事と、目撃証言による流れ星から撃墜の可能性も考えている。・御巣鷹山で複数機が墜落している可能性がある。・政府、メディアが協力して墜落場所に人が入らないように誘導した可能性がある。・生存者は4名を除き、殺害された可能性がある。・政府がもっとも気にしていたのは、墜落前後の「光」である。この部分が触れられていない。・事前準備があった可能性も否定できない。*決定的な証拠に辿りつかない理由事実を隠す側、追求する側、双方にとって心理的な抵抗(幸福否定理論で言う抵抗)が強い部分があるのではないか?と推測。
以上が、筆者の現段階での見解になります。
それでは、政府の主張から見ていきたいと思います。
=事故原因に関する政府の見解=
まずはじめに、現在の事故原因に関しての政府の見解を知るために、平成23年7月に公開された『日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての 解説』を見ていきたいと思います。
はじめに 昭和60年8月12日に発生した日本航空123便の御巣鷹山墜落事故については、航空 事故調査委員会が調査し、昭和62年6月に航空事故調査報告書を公表しました。この 報告書で、事故は、後部圧力隔壁の不適切な修理に起因し、隔壁が損壊したことにより、 胴体後部・垂直尾翼・操縦系統が損壊し、飛行性能の低下と主操縦機能を喪失したため に生じたと推定しています。 これに対し、「圧力隔壁が損壊した場合には、客室内に猛烈な風が吹き抜けるはずで あり、また、室温も低下するのに、生存者はそのようなことはなかったと証言している」 また、「急減圧があったならばパイロットは酸素マスクを付けるように訓練されている のに付けていないのはなぜか」等の疑問が寄せられています。そして、「圧力隔壁損壊 による急減圧はなかったのではないか」、事故原因は圧力隔壁の損壊ではなく、「機体構 造の不良によるフラッタによる垂直尾翼の損壊等が事故の原因ではないか」という主張 や「自衛隊のミサイルが当たって墜落した」という主張も出ています。 これまで航空事故調査委員会においては、ご遺族の皆さまに対して、必ずしも十分な 説明がなされていなかったため、皆さまの123便報告書の内容に対するご疑念に応えてこられなかったことについて、率直にお詫び申し上げます。(引用:日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての 解説 運輸安全委員会事務局長 大須賀 英郎)
上記引用文を読む限り、運輸安全委員会も事故調査に疑問の声があがっている事は十分承知している、という主旨が読み取れます。
但し、「疑問点が多数あるから、あらゆる可能性を考えて事実を精査する」という姿勢ではなく、「当初の事故調査報告書の説明を補完する資料を出す」、言い換えると「他の可能性を調べる事はしない」という前提がある事もはっきりとわかります。次に、事故原因についての言及箇所を読んでみたいと思います。
時間の推移から見た事故原因事故前 昭和53年の尻もち事故により損傷した後部圧力隔壁の不適切な修理 → 同隔壁に疲労亀裂が発生 → 点検整備で発見されず、疲労亀裂が進展 →同隔壁の強度低下事故直前 → 客室与圧に耐えられず同隔壁の損壊(開口) ( → 開口部から流出した客室与圧空気による尾部胴体の内圧上昇) (→ APU防火壁、APU本体及び尾部胴体構造の一部損壊・脱落) (→ 垂直尾翼・油圧操縦系統の損壊)→ 飛行性能の低下 、主操縦機能の喪失 → 事故(引用:日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての 解説 p1/ 運輸安全委員会)
以上が、事故当時から現在までの間、一貫している運輸安全委員会の公式見解なります。本題に入る前に、圧力隔壁について簡単に説明します。ジャンボジェット機の飛行高度はエベレストよりも高い、高度1万メートルに達する事もあります。そのため、低酸素、気温はマイナス50度の状況で飛行しているわけですが、客席は圧力隔壁によって一定の気圧と温度に保たれています。
その圧力隔壁の損壊が原因で飛行機の操縦に必要な油圧系統が故障し、操縦不能になり、墜落したという主張です。
=専門家からの疑問の声=
この政府の主張に対し、事故当時から専門家からも疑問の声が上がっていました。
以下、運輸省が利害関係者や専門家の意見を聴くために開かれた、昭和61年6月に行われた聴聞会の記録の引用になります。
尚、文中に頻繁に出てくるCVRはボイスレコーダーの略、DFDRはフライトレコーダーの略になります。
安藤真之 公述人日本航空株式会社B747型機副操縦士・日本航空乗員組合副委員長(前略)CVR、DFDRから読み取れる問題点について申し上げます。事故調査報告書では圧力隔壁の破壊に焦点が当てられ調査が進められていますが、もし圧力隔壁の破壊があり機内に急減圧が起これば当然乗員は酸素マスクを着用し、生命の安全が保てる高度まで急降下いたします。ところが、副操縦士、航空機関士ともに酸素マスクは墜落に至るまで一切着用していませんでした。その状況で急降下することなく飛行高度2万フィート以上を約18分間も意識を失う事なく意識を失うことなく操縦しています。もし、急減圧が起こり機内高度と飛行高度が同じであったならば、酸素マスクを着用していない乗員は5分前後で意識を失ってしまうはずです。しかし、乗員の意識が失われて失なわれていないことに注目しますと、機内は急減圧ではなく一時的な減圧、あるいは穏やかな減圧であったと考えられます。その一時的な減圧、あるいは緩やかな減圧によって果たして垂直尾翼の破壊が起こりえるのだろうか、また破壊の順序で圧力隔壁の破壊が第一であったとするのは誤りではないのだろうかというのが私たちの最も大きな疑問です。(引用:航空機事故における聴聞会の記録/ 昭和61年6月 運輸省航空事故調査委員会)
この聴聞会では、計11人の利害関係者や専門家が公述を行いましたが、日本航空内からも疑問を持たれているという点も含め、安藤公述人の発言を引用しました。この聴聞会において、約半数の専門家が直接的に圧力隔壁の損壊が墜落に繋がった事に疑問を投げかけています。また、事故原因に疑問を投げかけなかった他の専門家も、重複を避ける、また、自身の専門分野に焦点を絞るという意味で事故原因に触れなかったのであり、専門家の総意として、事故調査委員会の事故原因を肯定している印象は全くありません。
次に、何らかの原因で日航123便の操縦が不安定になったと仮定して、その点が墜落に直結するのか?という点で、清水公述人の公述を見てみたいと思います。
清水 馨八郎 (しみずけいはちろう)理学博士 国際武道大学教授・千葉大学名誉教授 元航空審議会委員(前略:筆者要約・・・山岳地帯を飛行したから衝突したという主旨)直接原因は「墜落」ではありません、「衝突」です。断定する事ができます。これに対して、新聞報道を通じて航空局の事故調査報告書などを見る限り、その追及は、もっぱら第1原因の物理的破壊のメカニズムの解明に終始しているように見受けられます。(中略)私の結論からしますと、機体の破壊メカニズムとか、金属疲労ということは直接関係ない。(中略)ジャンボの安全神話は崩れていません。(中略)隔壁が破壊し、尾翼部分が事故のもとになったことは事実でありますが、ダッチロールを繰り返しながらも、その後32分という、32分間水平飛行をし、しかも360度方向転換をしております。(中略)今の航空機は尾翼が破壊しても、エンジンがとまっても、かつてフロリダでエンジンがとまって150kmも飛んで、着陸しております。そこに山さえなければ当該機もあと30分以上も飛び続けて、適切な処置がとれたはずであります。先ごろも、ギリシャで米国のトランスワールドが爆弾を仕掛けられて、大きな穴が空いた。それにもかかわらず、無事にアテネに着陸しております。(中略)昨年は、世界で民間機が、2,000名以上の死者を出す最悪の年でありましたけれども、日航機事故を除く大半は、国際テロ、テロに巻き込まれて、爆弾を仕掛けれらたので、全く人為的な事故で、機体の安全そのものの神話は崩れておりません。(引用:『航空機事故における聴聞会の記録』p95~97/ 昭和61年6月 運輸省航空事故調査委員会)
以上が清水公述人の公述になりますが、参考までに日航機123便の航路図を見てみたいと思います。尚、この航路図に関しても、実際の航路と違うのではないか、という意見もあるようですが、全くコントロールが効かない状態であったか、ある程度のコントロールが効く状態であったか?を判断する事を優先して検証してみたいと思います。
図引用:航空事故調査報告書 62-2-JA8119 日本航空(株)所属 ボーイング 747SR-100型 JA8119 群馬県多野郡上野村/運輸安全委員会 筆者加筆
*筆者加筆部分 ・横田空域(オレンジ線)、横田基地(=、赤)・A (18時24分)・・・異常発生地点・B (18時29分)~b(18時47分)・・・ボイスレコーダーにおいて、機長、副機長の音声が消されている部分=(赤:横田基地)・C (18時31分)航空機関士:何が壊れているんですか?・D 高度を下げる
(参照:ゆっくりしたい人へ/【完全再現3D+ボイスレコーダー】日本航空123便 離陸から墜落まで)
日航機123便は、1985年8月12日 18時12分に羽田空港を離陸します。CVRによると、18時24分に異常が発生し、「ドーン」という音の後に、機長の「何か爆発したぞ」という声がします。(注:他にパーンと聞こえる流出録音もあり。)直後に、スコーク77という緊急事態を発信しています。(注:『疑惑』の著者、角田四郎氏はこのスコーク77が早すぎる、と言及しています。)CVR記録は、1985年8月27日、1986年6月3日、1987年6月の最終報告と、3度発表されていますが、まず、爆発音の後の「あぶねぇ」もしくは「まずい」とも聞こえる音声(18時24分37秒)」が記録されていません。また、1985年の報告書では「機長の何かわかったの?」となっている音声が、最終報告書では「何か爆発したぞ」に修正されています。(注:筆者はスロー再生で聞いた結果、「何かわかったの?」であると判断している。ボイスレコーダー記録が不自然に修正されている点の検証ついては、次稿にまわしたいと思います。)
その後、高度を下げる事なく、飛行機は静岡市の焼津市付近で北に向かいます。18時31分に、航空機関士が「はい、何ですか?」「後ろのほうですか?」「えーと、何が壊れているんですか?」と機体後部に異常がある旨の報告を受けている様子が記録されています。その後、「荷物の収納スペースのところがおっこってますね。これは降りたほうがいいと思います。」と言っていますが、不自然な事に航空機関士の「降りたほうがいいと思います。」の前に、機長の「request back to HANEDA(羽田へ戻る事を要求する)」という声が記録されています。
つまり、CVRの録音上は爆発音があり、緊急事態を発信したにも関わらず、
・直ちに着陸するという意思がない・爆発音がしたにも関わらず、18時31分まで、機内の異常発生原因に関心がない
という不自然な状況が発生しています。
以下、その点を指摘した佐藤公述人の発言の引用です。
佐藤 次彦公述人 工学博士 大阪工業大学学長 機械工学科教授(前略)いずれにしましても、まず、起こった事態の確認をすることが機長としてのその後の最善の行動のために絶対に必要であるということはあきらかであります。(中略)ACC(筆者注:東京管制)に対し「アンコントロール」と報告しながら、さらにACCからも確認を要求されながら、、この事故の実態を把握する努力をほとんど行っていません。(中略)機長は自分自身で「アンコントロール」と連絡した後でも、再度「羽田に戻りたい」と言っております。この状況でJA8119が羽田の滑走路に着陸が可能と判断をしていたのであります。(以下略)(注:以下、羽田に戻るという事と、操縦できるという事はイコールであり、機長の判断ミスだったのではないか。着水か浜松、名古屋に着陸すべきだったのではないか、という主旨の発言。)(引用:『航空機事故における聴聞会の記録』p64~66/ 昭和61年6月 運輸省航空事故調査委員会)
以上、まとめると、
・圧力隔壁の損壊が急減圧を引き起こし操縦不能になったという事故原因には不自然な点がある。・垂直尾翼が破損しても墜落はしない。現に水平飛行を32分間続け、360度旋回もしている。・機長が異常の原因を全く調べようとしていない事がおかしい。また、「アンコントロール」と羽田着陸の要望が矛盾している。
などの指摘が専門家によってなされたという事になります。
ここからは、状況証拠からの筆者の推測となります。
日航機123便の航路を見ると、焼津市付近から右に旋回して横田空域に入っていきます。横田空域というのは、米軍の管理下にあり、許可がないと、民間機が侵入する事はできません。
・異常発生の後は横田空域の外側を飛行していたが、途中から横田空域に意図的に侵入する・大月で360度旋回する・その後、高度を下げる
という点を考えると、不安定ながらも、ある程度の操縦はできていたのではないか?と推測しています。
乗客が機内で書き残したメモによると、焼津を右旋回している18時30分頃に「降下中」と書き残している人が複数おり、大月の旋回が終わった18時45分には「機体は水平で安定」という記録が残っています。(注:この点に関しても、事故調査報告書と矛盾が生じます。)
また、あくまで筆者の主観になりますが、ある程度の操縦ができていたと考えると、着陸できるように、周囲に全力で協力を頼んでいるという感じではなく、何かから逃げているような印象を受けます。
=爆発音前の異常=
事故調査委員会の報告書では、圧力隔壁の損壊が事故原因との前提があるため、爆発音の前の機内の異常には言及されていません。
しかし、報告書では乗務員の精神緊張度の分析から、爆発音前に、やや異常とも思える精神的な高まりがあった事を指摘しています。(参考:『疑惑』p251~252 / 角田四郎著)
以下、引用文になります。
「事故機の羽田出発から、18時18分38秒までの上昇中の管制交信記録の音声から推測した機長の緊張度は、9段階の4~6の範囲で変動している。この緊張の程度は離陸から上昇という状況下で一般的なものとみられ、この時点で機長が何らかの異常の発生を感知していた可能性は少ないと思われる。(中略:18時24分代の客室乗務員との会話の中で、客室乗務員の声は落ち着いている、という内容)この異常とも思えない客室乗務員の申し出に対応した航空機関士と副操縦士の音声からは、精神緊張9段階点の(5)~(7)という通常の飛行状況下ではやや異常とも思える精神的な高まりを示す値が推測された。このことから、この時点で同運航乗務員は精神緊張度が高まるような何らかの異常の傾向を感知していたとも考えられる。」(引用:航空事故調査報告書 p87)
また、爆発音の後の機長の発言は、筆者の主観では「何かわかったの?」と聞こまえると書きましたが、その後、間髪入れずに、スコーク77を発動しています。
このような事実から見て、本来であれば、事故調査委員会は爆発音前から操縦席で何かしらの異常を感知していた可能性も考慮するべきであり、機内内部の要因に加え、機外の要因も含め検証をするのが当然の流れですが、そのような検証は行われていません。
以上の要点をまとめると、・事故当初から現在まで、政府は日航機123便の墜落原因を「圧力隔壁の損壊」で押し通そうとしている。
・「圧力隔壁の損壊」が墜落原因という説に、専門家や日航の内部からも疑問の声が上がっている。
という事が言えると思います。
また、CVR記録をはじめとする、本来ならそのまま出さなければいけない証拠に不自然な修正が加えられており、「何が起こったか?」、「何をしようとしていたのか?」の重要な会話の部分がプライバシー保護の名目で削除されています。
しかし、上の航路図のB~bのもっとも重要な時間帯の操縦席の会話について、「プライバシーに関する会話のため削除」では、社会通念上通用するはずがありません。
聴聞会における公述人からも、何が起こったかが最も把握できるCVRに関して、事故調査委員会が書き起こした記録ではなく、CVRのテープ音声を公開に関する要求が複数名から出ています。
安藤真之 公述人日本航空株式会社B747型機副操縦士・日本航空乗員組合副委員長(前略)CVRの解析方法についてですが、事故調査委員会では解析装置がないと聞いております。今回の解析について「日本航空の施設を使用した。装置をセットして日航の職員は部屋を出た」と会社は私たちに説明しています。事故調査委員会に日本航空出身者が加わっていたこともあり、原因関係者との接し方に公正さを欠いております。また、外国で行われる事故調査では、CVRは生のテープが公開されています。(中略:生のテープ公開の具体例)しかし、日本における事故では未公開となっており、私たちはCVR記録は、8月27日に発表したものに比べ、時刻、用語ともに大幅に変更され、何が真実であるかさえ疑問です。(中略)早急にCVRテープ、DFDRのRAWデータを関係者に公開していただきたいと思います。(引用:航空機事故における聴聞会の記録 p19、20/ 昭和61年6月 運輸省航空事故調査委員会)渡利斎水公述人東亜国内航空株式会社機長・日本乗員組合連絡会議議長(前略)次にCVRの公開について。これはほかの団体からもかなり指摘されましたがけれども、関係者の発表を重ねて要求します。関係者が聞けば非常に参考になるということから、特にこれを要求します。(引用:同上、p81)
40年間に渡って、無理な説明を押し通すという事を考えると、政府の側にも「520名の犠牲者、遺族に対して真実を公表する事よりも、隠す事が正義」という余程の理由があるのかもしれませんが、その判断は読者に任せる事として、次稿では広義の政府が行った不自然な修正について書いてみたいと思います。
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