幸福否定の研究 11~13 幸福否定の発見と心理療法の確立までの経緯

■ 幸福否定の研究 11 幸福否定の発見と心理療法の確立までの経緯4
(承前)

前回から、笠原氏がその治療法の元とした小坂療法について書いています。
どのような治療法であるのかについて、笠原氏の著書、『加害者と被害者のトラウマ』からp198~205の部分を要約してみます。

1960年代の後半、当時主流だった入院治療や、登場して間もない抗精神病薬の治療に批判的だった(注1)小坂英世医師は、「社会生活指導」という方法論を独自に編み出していました。(注2)1969年には急性症状(幻覚、妄想や興奮)を示している分裂病の患者に対して、その原因に関係すると思われる具体的な解決策を与えたところ、それまで出ていた症状を消失させることに初めて成功します。この方法は、治療をする(根本的に改善させる)というよりは、再発にうまく対応する、コントロールをするということになります。(注3)

そして、小坂医師は、具体的解決策を与える方法と相前後して、再発した患者がまさにその直前に起こっていた、その原因に関係する出来事の記憶を消しているという事実に注目するようになっていました。1970年のことですが、ある再発患者に対して、再発の原因に関係しているらしき出来事を指摘してその記憶を蘇らせたところ、それまであった症状が一瞬のうちに消えることが確認されました。これ以後、患者に根本的な変化が起こりはじめたことで、新しい治療理論を開発したとされています。

要約は以上のようなものですが、小坂医師自身は、次のように自著で症例と「新しい」治療法を解説しています。
最初は何も出てこなかった。私は念入りにこの数日間の日常を思い出させようとした。しかし、症状に気をとられていた彼の記憶はきわめて曖昧であった。私は受話器を取り上げて、母親を呼び出し、一つ一つ確認していった。しかし、原因に該当しそうなものは何一つとして出てこなかった。受話器をおいて三分ほどしたときに、母親から電話が入った。

これはプールにいき出したばかりのときのことなので無関係と思うがと前おきして、プールで中学時代の友人Xに出あったという報告をうけたことがあるという。私は彼にむかっていった。

「今君のお母さんから電話があってね、君がプールでXという友人に出あったことが影響しているかといってきたのだけれど・・・」

「アッ、それだ」

彼はいった。と同時に緊張しきっていた彼の表情はゆるみ、1~2秒おきに神経質に口もとにいっていた手の動きがとまった。

聞いてみると友人のXは、大へん水泳上手の水泳自慢だそうであり、連日のようにそのプールに来ているのそうである。
彼はそこでEを発見すると呼びかけ、以後Eが練習しているわきで、公衆の面前もかまわずに、大声叱咤し、注意し、笑うとのことである。本人にとっては、大へん自尊心を傷つけられることなのであった。そしてある日極端にハッパをかけられたので、次回にいく気がしなくなったのであった。彼には毎回顔をあわせているものだから、母親には別に報告しなかったとのことである。後は一瀉千里であった。彼は足どりも軽く帰っていき、プールにおもむいた。(『精神分裂病患者の社会生活指導』 小坂英世著 p26~27)

次に、小坂療法の追試を行っていた時期の笠原氏の症例を紹介します。
(前略)その頃、長期入院中の、慢性分裂病の男性患者が昏睡状態に陥った。これは、外界の刺激に全く反応しないとされる状態である。ある看護婦から聞いた出来事が昏迷の原因に関係していると確信した私は、熱心な若手の精神科医を面接場面に同席させることにした。

症状が一瞬のうちに消える場面を自分の目で見れば、それまでの批判的態度を多少なりとも軟化させることができるのではないかと、ほのかな期待を抱いたからである。まず、その医師に、昏迷状態のまま、まばたきもせず、閉鎖病棟のベットに脚を伸ばして座っている患者を、あらためて診察してもらった。型通りの診察をした医師は。「昏迷に間違いありません」と答えた。念を押しても、やはり同じ答えが返ってきた。

そこで、私は、看護師から聞いた出来事について、患者の耳元で二、三繰り返した。患者は、それだけで、涙を流し、昏迷状態から抜け出した。わずか一、二分の出来事であった。しかし、今はある医科大学の精神科教授となっているこの医師は、不思議なことに、昏迷という診断を、その直後に翻した。(「幸福否定の構造」 p54)

このような手続きを繰り返す事によって、以下のように患者が変化していきました。

長く通っている患者たちには、いわゆるプレコップス・ゲフュール(分裂病くささ)がほとんど感じられず、私には″ふつう″の人たちに見えた。そのことも、ここで驚かされたうちのひとつである。そしてほとんどの患者が仕事を持っているか学校に通っているとのことであった。

しかし、最初から軽症の患者が集まってきたわけではない。新しい患者たちは、まさに分裂病患者そのものだったからである。小坂によれば、新患を除くと、教室に通っている患者の中で向精神薬を使っている者は数名にすぎず、その場合ですら、一回量がクロルプロマジン(当時、よく使われた向精神薬)で五ミリグラム程度だという。

この量は、通常の外来維持量の十分の一程度にすぎない。当時の精神科医たちは、それを聞いただけでも、現実を見ることもないまま、小坂療法の信憑性や分裂病という診断を疑ったのである。(「幸福否定の構造」p37~p38)

(※ 上記の「長く通っている」場所は、小坂医師が開いていた「小坂教室」のことを指しています)
笠原氏が言うように、小坂医師の治療で患者は根本的な変化をしていくわけですが、しかし、同時に新たな問題も起きてきます。患者が、「いやらしい再発」と小坂医師が呼んだ状態になってしまう事と、引用でも少し触れている、精神分裂病の診断を簡単に翻したり(例では混迷の診断をあっさり撤回)、追試を行わずに(確認をしない)小坂療法を否定する治療者側の不可解な態度が原因で、小坂医師、笠原氏ともに小坂療法を続ける事自体が難しくなってゆくのです。

(続く)

注1:小坂医師は薬物療法・ショック療法をとらない理由として、対症療法である事、原因の追究が難しくなる事、副作用、後遺症、身体的危険がある事、患者との対人関係などを挙げており、入院治療に反対する理由については、患者の自由権、生存権を奪う点、家族が医師たちに依存的になる点を問題視し、自身による治療法(小坂療法)が開発されている点を強調しています。但し、原因を探れないなど、やむをえない場合については反対はしていなかったようです。
(参照:『精神分裂病読本』 小坂英世 p80~81)

また、未治療の在宅分裂病患者が、長期入院患者よりもはるかに社会性をもっていること、当時まだ残っていた座敷牢に監禁された分裂病患者たちが、ホスピタリズム(病院ぼけ)を起こす事も理由の一つだったようです。
(参照:『幸福否定の構造』 p40)

注2:群馬大学精神科が、1962年から「生活臨床」という分裂病の長期的治療方針に基づく取り組みを行っていました。分裂病の患者は、「色・金・名誉・身体」(異性との接触や交際、金銭的な損得、名誉心の傷つき、身体的不調や障害)という4つの要素でつまずいた時に再発を起こしやすいので、生活に規制を強くことで、それらへの関わりを避けさせるという試みです。小坂医師の社会生活指導も群大の取り組みと類似する面を持っており、実際に生活臨床グループとの交流もあったようです。
参照:加害者と被害者のトラウマ p198~199
注3:コントロールの一例を小坂氏の著書から引用します。この頃は、治療理論を開発したというより、対応可能な範囲が増えたことによって、入院、投薬を減らす事に成功したと言えるでしょう。

【…ある時、自宅療養中の男性が、高額商品を購入し、その代金を父親に渡して銀行に振り込んでもらった。ところが、その領収書には収入印紙が貼られていなかった。それに気づいた本人は、銀行に抗議に行こうとした。しかし、それまでのように短絡的行動を起こして失敗するのを恐れ、そのことを小坂に電話で相談した。本人から事情を聞いた小坂は、銀行に電話を入れ、担当者を本人のもとへ謝罪・訂正に来させるように手配した。だが、行員はなかなか来なかった。

“いら立った彼はしだいに興奮状態に発展していった。大声で、数分おきに私に電話してきた。しまいには嗄声になってしまった。はじめのうちは、銀行側の来宅が遅い、待っているといらいらするなどといっていたのだが、しだいに支離滅裂な、苦悶状の内容になってきた。ついには苦しいので入院させてくれと喚くようになった。

在宅していた両親もオロオロしてしまい、今までにない興奮で、あたりちらし、手のつけようがない、入院させてくれといってきた。私は電話で、あるときは本人をなだめ、あるときは本人を叱りつけるいっぽう、患者の手もとにあるクスリを追加服用させるようにした。

そして本人と両親に、行員が謝罪・訂正にきさえすればおさまるはずだから、それまで辛抱して待つように指示した。やっと行員が到着し、謝罪と訂正が行われた。まるで引き潮のように、本人の興奮はしずまっていった。】

(『精神分裂病患者の社会生活指導』p37-38)

補足:小坂医師は「社会生活指導」も含めて小坂療法と呼んでいたようですが、笠原氏の追試は「反応」を追いかけながら、再発の直前の記憶が消えている部分(出来事)を探り、指摘するという手続きのみです。「社会生活指導」などは行っていません。
補足2:小坂医師は、症状の原因となる、記憶が消えている出来事を探る手続きを、「抑圧解除法」と呼んでいました。「反応」「抵抗」については、「抑圧解除の効果判定」(上記『精神分裂病読本』 p78)でも以下のように解説されています。
1)的中しておれば、患者に反応が生ずる。それは軽い場合にはハッとした表情、姿勢の変化であり、極端な場合には驚愕反応である。一般に、再三再四の再発の場合よりは、それよりは初発、さらにそれよりは幼少期の場合のほうが反応は大きいものである。また、単に事件についてのみ指摘した場合は反応が小さく、もちあじの関与もあわせて指摘した場合のほうが反応は大きいものである。

2)症状が即座に反応する。

3)あるいは強い抵抗が生ずる。抵抗とは、反発・拒否・ふてくされ・話題ずらし・ごまかし・たぬき寝入りなどである。もちろんこの場合は、症状は消えない。ただし抑圧は解除されているのである。

4)薬物を使用していた患者の場合には、間もなく副作用が出現する。つまり薬物が不要ないし減量を要する状態になるのである。

5)全く的中しないまでも、的のそばをかずめた場合には、症状がさして、あるいは全く改善されず、不快な反応(頭重・悪心など)が後に残る。

笠原氏の心理療法は、小坂療法から出発しているので、反応、抵抗といった用語が踏襲されていますが、内容が若干違います。
「反応」…笠原氏の反応では、あくび、眠気、心身の変化が主になっています。

「抵抗」…笠原氏が使う抵抗は、幸福に対する抵抗です。原因がわかり、解消することができる事は本人にとっては幸福に繋がるので、治療に対する抵抗も含まれますが、小坂医師が使う抵抗という用語には幸福に対する抵抗という意味はありません。

■ 幸福否定の研究 12 幸福否定の発見と心理療法の確立までの経緯5
前回は、小坂療法の核心について紹介しました。要約すれば、下記のようなものです。

「症状が出現した直前の出来事(記憶が消えている部分)を探るだけで、分裂病症状が軽減、ないしは消え、それを続けると患者が少しずつ改善してくる」

今回は、笠原氏の追試結果と、新たに発生した問題点について書いてみたいと思います。まず、笠原氏の著書からの追試の状況をみてみましょう。

追試を始めて4年目の1976年の段階で、同僚の心理療法家とともに、その結果を二報の論文にまとめた。同僚は、私と別個に、一部の患者を面接していた。

結果を集計してみると、平均3回弱の面接によって、100名強のうちの4分の3ほどで、症状の消去や軽減に成功していることがわかった。面接時間は、短い場合で数分、長くとも2時間程度であった。劇的な場合には、先述のような反応が出現し、その瞬間に急性の症状が消えていた。つまり幻覚妄想ばかりでなく、それまでの異様な表情や動作もふううに戻り、程度はさまざまにせよ病識も出現したのである。(中略)

その直後から、強烈な眠気や脱力感をはじめとする、薬物の副作用が強く出現した患者もあった。そのような場合、主治医は、投薬量を大幅に減らさざるをえなかった。対象となった症例のうち、“失敗例”も4分の1ほどであったわけであるが、そのほとんどは、コミュ二ケーションが取れないで終わってしまったか、原因を探り出す段階で患者の強い拒絶にあったか、探りだそうとしても、それらしきものに突き当たらず反応が見られなかったか、反応が出るところまで行ったものの、そこで抵抗を起こしてしまったかのいずれかであった。(中略)

この種の研究法の場合、一部の患者でしか症状の消去に成功しなかったとしても、その診断がまちがっていない限り、その検証はおおむね成功したと考えてよい。ところが、実際には一部の患者どころか、複数の精神科医によって分裂病と診断された100名ほどの患者群の4分の3で大なり小なり、それに成功しているのである。

かくして、小坂の主張する、分裂病心因論の妥当性が疑う余地なく立証されたと言える。
(引用:『幸福否定の構造』p48-49)

このような結果が出たにも関わらず、新たな問題が出てきました。大きくわけると、小坂医師が「イヤラシイ再発」と呼んだ状態に患者が陥る事、そして、治療に対する抵抗が強くなってくる事です。笠原氏の心理療法を続ける上で、決定的な問題になるのは治療に対する抵抗なのですが、小坂療法は「イヤラシイ再発」の時点で手詰まりになってしまいます。

治療に対する抵抗は後述するとして、まずは「イヤラシイ再発」について説明します。簡単に要約すると、小坂療法によって分裂病の症状は大幅に軽減するのですが、代わりに人格障害のような症状が出てきてしまいます。(注1)

小坂によれば、イヤラシイ再発とは、

「患者が利得(ウサバラシ、義務放棄、家族の慰撫など)を求めて症状(らしきもの)をチラツカセて駆け引きし、利得を手にするとアッサリ症状を引っこめる(中略)意識的な『疾病』の『利用(悪用)』(中略)俗語でいえば『芝居』、専門用語で言えば『詐病』」であって、「実に『イヤラシイ』としか表現の仕様がないほどの醜悪、愚劣陋劣・好侒・狡猾」で、「分裂病の仕組みを知りながら、病気から立ち直ろうとせず、むしろ分裂病であることをフルに活用することに専念」するという状態である。(『抵抗とイヤラシイ再発の研究』 小坂教室テキストシリーズNo.6、小坂英世著、1973年 p11-12)誤解を恐れずに、わかりやすい表現を使えば、分裂病という仮面を捨て去り、いわば人格障害(精神病質)的な本性を現わすようになった状態と言えるかもしれない。

(『幸福否定の構造』 p276)

このような状態になってしまうと、精神分裂病の状態の時と違って発作的な症状が少なくなってしまい、また、「患者の訴えそのものが嘘」という事が起こってくるので、症状の直前の出来事で記憶が消えている部分を探るという小坂療法は、続ける事が困難になってしまいます。

次に、小坂医師の著書から引用してみたいと思います。

イヤラシイ再発とは何か。

これは、抑圧を解除していくなかで自分の病気の本態について理解してきた患者が、最後に独立した場合、あるいは家族が自己変革をとげてもはや有害な刺激を出さなくなった場合、そこで自らの責任でつぶれてしまう状態をいう。そのとき抑圧はもはや起きず、もちあじ、共生関係と″疾病への逃避″傾向のみが表面に出てくる。これは私は前著「患者と家族のための精神分裂病理論」では″イヤラシイ(意識的な)疾病への逃避″と表現した。

このイヤラシイ再発の特徴はつぎのとおりである。

(1)全く自らの責任によって起きている。

(2)したがって他人に責任を転嫁できないので、自分の失態を何とかごまかそうとする

(3)そこで、あれこれ原因を並べたてたり、話をそらそうとしたりする。

(4)シロウト目にもそれが明らかにわかるので、とてもイヤラシクみえる。

(5)抑圧理論を消化した患者なので、抑圧は起きていない。

(6)そのせいか、薬が必要な場合も、きわめて少量の薬でこと足りる。

このイヤラシイ再発の場合、家族がそのイヤラシサに愛想をつかして入院させたがり、患者も自発入院、つまり逃避したがるので入院となることが多い。しかしそうすると、そこで逃避韜晦の生活にはいりつづけてしまう。まことに厄介な事態なのだが、この治療法を進めていくと、患者が最後に通りぬけなければならないところである。(注:韜晦、トウカイ=身を隠す事)(引用:『精神分裂病読本』 p60-61)

小坂氏が語るように、小坂療法のみで患者が完治して通常の社会性を取り戻すことは叶わなかったのですが、下記2つの事柄を実証したことは、治療という意味において非常に大きな功績だと言えるでしょう。
・精神分裂病が心因性のものであること
・治療不可能ではないこと
(完治はしなかったが、患者が根本的に変化したこと)
また、「反応を指標にする」「直前の出来事を探る」という、原因を探るための方法論が笠原氏に受け継がれ、「幸福否定」の発見に繋がったという点でも極めて重要です。
さて、今回はここまでです。次回は、非常に大きな問題になるので簡単に触れるだけになりますが、「治療に対する患者の抵抗」について書きたいと思います。(続く)
注1

私自身が笠原氏の心理療法の追試(症状の直前の出来事を探る小坂医師の方法論と、感情の演技という方法で抵抗に直面させること)を本格的に行なって4年近くが経ちますが、どのような心因性の疾患でも、患者の症状が改善されるにつれ、性格的な問題点が浮上してきます。

実際に私の心理療法でも、病院で統合失調症と診断された患者(病識があり、自分から治療に来るので昔の精神分裂病と同質かは疑わしい)が、自宅で不安定になり、わめき散らした後に心理療法を受けに来て、面接の後半に演技だった事を認めた事があります。

一方、うつ病、パニック障害、アルコール依存などの患者が数年続けていますが、精神分裂病のイヤラシイ再発のように、異常性が高くないので、性格的な問題点が出てきたから治療を続ける事が困難になってしまう事は少ないと言えます。

■ 幸福否定の研究 13 幸福否定の発見と心理療法の確立までの経緯6
(承前)

前回は、小坂療法を続けていると起こってくる【イヤラシイ再発】について触れました。この再発は患者への対応を著しく困難にしてしまうのですが、今回はさらに重要なことを述べたいと思います。

それは、【治療に対する抵抗】という現象です。【治療への抵抗】とは何か?以下に、【抵抗】の具体的な状態を引用します。

…もちろん、よいことばかりではなかった。それどころか、難しい対応を迫られる、さまざまな問題が続出した。ひとつは、患者や家族に、治療に対する抵抗が極めて強く起こるようになったことである。抵抗という現象は精神分析などではよく知られているが、この方法で観察される抵抗は、従来的な方法で観察されるものの比ではないことが多い。

分裂病患者のほとんどは、ふだんはおとなしく見えても、窮地に陥ると、常識を大幅に逸脱するという特徴を持っている。そのため、無関係のことをわめきちらして、話が聞こえないようにしたり、果ては暴力に訴えたりなどの、非常識的な、あるいは異常な行動が起こることが多いのである。このような状態になると、本人への対応が相当難しくなる。その結果、小坂療法で悪化した、というとらえかたをされてしまうことが多かったのである。(『幸福否定の構造 p51)

私の患者たちも、それに負けず劣らず、抵抗や【いやらしい再発】の状態に陥り、院内や院外で数々の問題を引き起こして、ついには、院長に対外的な迷惑が繰り返し及ぶようになった。

その結果として、私自身も院内で次第に理解者を失い、治療者や看護者から敵対視されるようになり、それと相前後して患者数も減少し、現実問題として、この治療法を継続することが難しくなった。
いわば、小坂と似通った運命を辿ったのである。

(『幸福否定の構造』 p52)

一方、奇妙な現象にも、次第に気がつくようになっていた。それは、小坂療法に対する専門家たちの、不可思議かつ不可解な態度である。小坂からは、学会の中で、理論や治療法とは何の関係もない人格攻撃的な流言や雑言がいくつか流されたことを聞いたが、私も同種の体験を何度かしている。

その典型例は、当時、わが国で指導的な立場にいた、国立大学精神科教授の態度である。ある会合で、私が小坂療法を行っていることを、私の病院の院長から聞いた教授は、「きみ、小坂の言っていることはみんなうそだよ」と、私の前で断言した。

にもかかわらず、実際には、小坂に対するその種のうわさ話を耳にしていただけで、小坂療法自体については、ほとんど知らなかったのである。現実に小坂療法の効果を確認している者の前で、専門家としての名声が高いとはいえ、それについては無知に近い人物が、なぜこのような態度が取れるのか、当時の私には全く 理解できなかった。(『幸福否定の構造』 p53)

一般的な意味での抵抗に厳密な定義はありませんが、私が今まで読んだ文献の範囲内では【疾病利得】という意味で、治る事に抵抗がある、と書かれていることが多いです。具体的には、裁判中の交通事故の患者は治りが悪い、生活保護をもらっている患者は治りが悪いなど、要は治ったら治ったで都合が悪いから病気のままでいる、という意味になります。(注1)

小坂療法への抵抗は、通常の抵抗の説明には見られない根本的な違いがあります。まず、純粋に治療という側面では、以下のようなことが障害になります。

・根本的に改善しているのに(病気の症状が軽減する)、対応が難しくなる(人格的な問題点が浮上する)という矛盾した状態が出てくるので、治療が継続できなくなる。

・治療する側が効果を無視してしまう。精神分裂病ではなかった、と診断を覆してしまう。

次に、治療法に関する周囲の態度においても、いくつもの抵抗が起きてきます。
・患者だけでなく、家族、治療者にも抵抗が働く(範囲)
・治療をやめてしまうだけでなく、根も葉もない治療者への人格攻撃が行われるなど、程度が格段に強い(強さ)(注2)
・通常の新しい考え方への抵抗は時間の経過と共に薄らいでいくが、数十年を経過しても、そのような気配がない。(通常の抵抗に比べると異
これら抵抗の根本的な違いが、果たして正しいか、正しくないかは論争になり得ないのですが(注3)、抵抗そのものを研究することは、非常に大きな意味を持ちます。

治療の分野では、治療家自身が抵抗を追い続ける姿勢を持ち続ける事が必須条件となりますが(注4)、今まで解決不可能だった病気を解決することが可能になったり、応用的に様々な症状、病気、範囲を広げ異常行動の説明ができるようになります。

抵抗があることが正確にわかるようになると、どこを追いかければよいのか、という指標にもなります。私自身、まだいくつかの研究課題が出てきた段階ですが、30年弱、抵抗を研究している笠原氏のサイトでその成果を見る事ができます。

(つづく)

注1:【疾病利得】に関して、笠原氏自身は以下のように否定しています。

「…【疾病利得】という考え方には、重大な欠陥がある。ひとつは、病気になって得になる場合とならない場合とが、外からは区別できないことである。もう一つは、疾病によって利得を求めるのであるとすれば、そうしたもくろみが明らかにされることは致命的にマイナスになるにもかかわらず、容易にその″手口を見抜かれて″ しまうことが多いことである。」

『なぜあの人は懲りないのか困らないのか』 p65)

注2:私の経験だけでも、心理療法をはじめてから脅迫が2件あります。また、「大学院を出ていると書いてあるが、大学院を出ている程ではないから返金しろ(私は大学院に行っておらず、経歴等に、そのような記述はありません)など心理療法とは全く無関係な内容の抗議を受けたこともあります。

また、手技の施術でも、直前の出来事を探るため、症状が出た時の事を詳しく聞いていたら、突然、付き添い者に「同じ事を何回聞くんだ!」と1時間弱に渡り罵倒された経験もあります。

治療家になって13年になりますが、手技のみの治療ではこのような経験はありません。ほとんど起こらないのですが、多少の口論があっても、あくまで症状が取れないなど、理解できる不満が主になります。


注3:
小坂療法への抵抗の本質を確認するには、まず小坂療法の追試を行う事が必要です。患者、家族の抵抗を確認することはできますが、何人もの治療家が正確な追試を行う事ができれば、少なくとも、「治療者にも抵抗が働く」という笠原氏の理論は間違っている事になりますが、現在のところそのような状況にはなっていません。

症状の直前の出来事を探る、という理論上は簡単な手続きなので、患者さんと話す時間さえあれば追試は可能です。

精神分裂病ほど劇的に症状が変化するわけではありませんが、笠原氏、そして私(渡辺)と、他の心因性症状でもある程度は症状が軽くなる事を確認しているので、他の心因性疾患でも確かめる事は可能です。

笠原氏は、小坂医師の抑圧解除と、幸福否定を理解した上で直前の出来事を探る手続きを分けて考えています。これも重要な事なのですが、幸福否定の辿り着くまでの過程からは逸れてしまうので割愛します。


注4:
抵抗に直面する、というのは笠原氏の心理療法になります。心因性の病気は様々ありますが、それぞれ、治療する側、患者側共に、抵抗を乗り越える必要があり、そのような姿勢を最初から持っている患者さんが治療院に来て、心理療法の説明を受け、取り組む事が条件となります。

したがって、治療する側、患者側とも最初は例外的な人が取り組む事になります。第8回で書いた、人格障害の患者さんは、実生活の中で、抵抗に直面していく生き方をしていたので、根本的に改善したと思われます。

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